キネマ・ジャングル

国・年代・ジャンルを問わず、心に響いた作品について呟いてみる映画ブログです。

狂人たちに安らぎを『トゥインクル・トゥインクル・キラー・カーン』

こんにちは、キーノです。

 

今回の作品は『トゥインクル・トゥインクル・キラー・カーン』

ウィリアム・ピーター・ブラッティ監督、1980年・アメリカ・118分

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Credit:Amazon.co.jp

あらすじ

山奥にひっそりと聳える古城。

ここには、ベトナム戦争で精神に異常をきたした兵士たちが収容されていた。

ある日、療養施設に、精神科医のハドソン・ケーン大佐が派遣されて来る。

ケーンは、真摯に狂人たちと接していくが、彼には、殺人鬼「キラー・ケーン」というもう一つの人格が隠されていた。

 

※以下、内容に触れています。

 

狂人たちに安らぎを

これほど晴れやかに幕を閉じる映画はめずらしい。

 

物語は、ドラキュラが住むような妖しい古城で展開する。周囲には、下界をシャットアウトするかのように深い霧が立ち込める。

 

狂人となった元兵士たちの心模様を端的に示すシンボルだ。

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Credit:Amazon.co.jp

古城には、海賊気取り、胸に大文字の「N」を入れたスーパーマン、犬を集めてシェイクスピア劇を上演しようとする者たちが収容されている。

 

この世の地獄を目の当たりにして、精神を崩壊させた人たちばかりだ。虚ろな現実に絶望した人間は、虚構を演じ、幻想を生きるより他ない。

 

現代にそぐわない古城は、まさに狂人が安寧を求めるフィクションの世界。立ち込める霧は、「現実を見たくない」という心の表れだろう。

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Credit:Amazon.co.jp

物語は、かつて宇宙飛行士だったビリー・カットショウと今は精神科医として生きるハドソン・ケーン大佐の対話を軸に進む。

カットショウは、月面へのロケット発射の秒読み段階で発狂し、古城に収容された。

 

きらきら光る夜空の星、地平線のかなたにポツンと聳え立つロケット、夜空を飲み込むように浮かび上がる巨大な満月、こだまするカットショウの叫び声。

 

彼の見る悪夢は哀しいかな美しい。

 

一方のケーンは、温厚で物静かな精神科医として生きているが、かつてはベトナム戦争で40人以上を殺した「キラー・ケーン」として知られていた。

 

今は殺人マシーンの人格を押し殺すことに成功しているが、彼も狂人の1人だったのだ。

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Credit:Amazon.co.jp

人類知の最前線で神の不在に絶望したカットショウ。自ら殺めた少年兵士の悪夢に精神を崩壊させたケーン。

 

この世には神も仏も存在しないのか、2人は悩み苦しむ。

 

そこでケーンは、ある行動でもって死後の安らぎを証明し、カットショウを救おうと試みる。

 

ラストシーン、車中でカットショウが見つけたある物は、ケーンの救済が見事に成功したことを示す。

 

それを見つけた瞬間のカットショウの表情。心の霧が完全に晴れ渡ったあの表情。

そこで画面は静止し、最高の状態を結晶させたまま映画は幕を閉じる。

 

 

この終わり方に「あ〜、素晴らしい映画を観たな」と思えました。心の迷いが晴れるような聖なる傑作です。

 

 

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リメイク希望!超能力VSナイトメア『ドリームスケープ』

こんにちは、キーノです。

 

今回の作品は『ドリームスケープ』

ジョセフ・ルーベン監督、1984年・アメリカ・99分

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Credit:Amazon.co.jp

あらすじ

超能力を持つ青年アレックスは、とある研究所のプロジェクトに強制参加させられる。

 

そこでは、人の夢に侵入し、悪夢の根源を断ち切るという実験が行われていた。

 

夢の侵入者としてアレックスは抜擢されるが、裏ではアメリカ大統領の暗殺計画が画策されていた。

 

※以下、内容に触れています。

 

夢に侵入し悪夢を断ち切れ!

設定の面白さに映像や演出がついていけないタイプかと思いきや、十二分に楽しませてもらいました。

 

超能力青年のアレックスに扮するは、『ヤング・ゼネレーション』『オーロラの彼方へ』などのデニス・クエイド

 

アレックスは当初、研究への協力を嫌がり、追っ手から逃げ回りますが、デニス・クエイドはこの逃亡がとても似合う。

 

ハリソン・フォードとかもそうですが、追っ手から逃げる時に一番輝いて見える俳優さんていますね。

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Credit:Amazon.co.jp

アレックスの能力は、相手の思考や脳波に自らの波長を合わせられるというもの。

 

それを使って、人の夢世界に自らをリンクさせます。

 

最初は乗り気でなかったアレックスも、毎夜の強烈な悪夢に悩む少年に出会い、気が一転。

 

ラボ内に隣り合わせた椅子に少年とアレックスが横になり、互いの頭部を大仰なマシーンで繋ぎます。

 

少年の悪夢は確かに凄まじいものでした。

 

廃れた木造りの洋館、真っ暗闇の外では雷鳴が轟き、暴風が窓に叩きつける。

 

極めつけは、スネークマンなる怪物の登場。

 

ストップモーション特有の愛らしさに恐怖心が削がれるきらいはあるものの、十分なインパクトを兼ね備えています。

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Credit:Amazon.co.jp

さらに、能力者同士のバトルという胸熱くなる展開もあります。

 

プロジェクトには、アレックスの他に、研究所ナンバーワンの能力者であるトミーという青年が参加していました。

 

背が低く、ひ弱な身体、生白い肌に霞んだ目元から、内なるサイコパシーが漏れ出ています。

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Credit:Amazon.co.jp

トミーは、黒幕の命令で、大統領の夢世界に侵入し、暗殺を図ります。夢の中で死んだ人間は現実世界でも死ぬという設定はもうお馴染みでしょうか。

 

それに気づいたアレックスも大統領の夢に同期、暗殺阻止に出ます。

 

しかし、姿形や武器、空間移動を自在に操るトミーはまさに無敵。

 

「夢の中で僕は神だ」というセリフ…ちょっと言ってみたい。

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Credit:Amazon.co.jp

ストーリーもキャストも申し分なく良かったですが、欲を言うなら、夢の設定でもっと遊んでほしかったです。

 

大統領死んだと見せかけて実は夢でしたとか、侵入した夢世界が実は違う人の夢世界だったとか…

 

ヴィジュアルも今の映像技術があれば、もっと深刻にもっとダイナミックに進化できそう。

 

一応、リメイクの話は10年ほど前に出たようですが、音沙汰なし。

 

似たような『インセプション』よりもファンタジー色を強く出来るので、ぜひリメイクしてもらいたいです。

 

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強欲の果ての地獄絵図。悪魔的傑作『グリード』

こんにちは、キーノです。

 

今回の作品は『グリード』

エーリッヒ・フォン・シュトロハイム監督、1924年・アメリカ・129分

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Credit:Amazon.co.jp

「中学生のとき学校の勉強などしておれなかった。寝ても覚めても迫る衝撃を受け、留年させられかけた」

 

とは、映画評論家・淀川長治さんのグリード評。

 

1人の少年を夢の中までも執心させてしまう本作には、計り知れない魔力があります。 

 

シュトロハイム監督は、その狂気に満ちた完璧主義から、当初9時間のフィルムを撮り上げていました。

 

その後、4回の編集を受け、今の状態に落ち着いたそう。

 

映画が産声を上げてまだ30年という時代に、『グリード』が存在していたことは驚異です。

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Credit:Amazon.co.jp

あらすじ

純朴な歯科医マック・ティーグは、友人のマーカスが連れてきた彼の婚約者トリナに惹かれてしまう。

マーカスに懇願し、トリナを妻にしたマック。マーカスは祝いに一枚の宝くじを贈る。

なんと宝くじは5000ドルの大当たり、夫婦は大金持ちに。

しかし、トリナは金貨の虜となり、見る見るうちに人が変わってしまう。

 

※以下、内容に触れています。

 

グリードの果てに見た世界

マックは、もともと炭鉱で働く優しい大男だった。

 

死にかけの小鳥を拾って助けるほど心は清い。(小鳥は彼の純心を象徴する、ラストの伏線に)

 

しかし、トリナと出会ったその日から、人生の歯車は狂い始める。

 

美人ではないが、抵抗しがたい妖艶さを漂わせる彼女に、マックは生まれて初めて心が揺らぐ。

 

2週間のあいだ毎日、治療に訪れるトリナ。ついにマックは耐えきれず、麻酔で寝ている彼女に口づけをしてしまう。

 

理性が本能に敗れた瞬間だった。

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Credit:Amazon.co.jp

結婚後、金貨に魅せられたトリナは人が変わる。夜な夜なベッドに金貨を並べ、一枚一枚磨いて愛おしそうに見つめる。

 

マックの給料を吸い取り、一銭も使わず、敢えて貧しい生活に身を陥とす。

 

ついにマックの愛も潰え、別れを告げるが、無一文の彼はクリスマスの夜、トリナの元へ行き...そして、ある惨劇を迎える。

 

ここからグリードは加速する。

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Credit:Amazon.co.jp

 

マックは、馬の背に荷物と金貨を括り付け逃亡。

 

彼の指名手配ポスターを見たかつての友人マーカスは、婚約者と大金を奪ったマックに嫉妬と怒りを抱く。

 

マーカスも馬に乗り、マックを追跡。二人は、獣も寄り付かぬ荒涼とした"死の谷"へと辿り着く。

 

焼き付ける灼熱の太陽に、マーカスの馬は命を落とす。それでもマックを追い詰め、彼の馬の背にある水欲しさに銃を発射。

 

銃弾は見事に馬を絶命させるが、同時に水筒をも貫いていた。

 

土に虚しく消えた水。二人の男が殴り合う。

 

ついにマックは、奪い取った銃でマーカスを殴り殺す。しかし死の直前、マーカスは、マックと自分を手錠で繋いでいた。

 

かつての友人と馬の死体を前に、マックは連れていた小鳥を空に放つ。

 

愛情も友情も純心も失ったマック。

 

側には何の役にも立たない金貨が、われ関せずと太陽に光っていた。

 

 

カメラは、二つの死体と一つの強欲を荒野に残し、静かに後へ引いていく。

 

グリード、誰の内にも潜んでいる最も恐ろしい人類の性。

  

映画史に残る悪魔的傑作です。

夢追い人の春夏秋冬『ラ・ラ・ランド』

こんにちは、キーノです。

 

今回の作品は『ラ・ラ・ランド』

デイミアン・チャゼル監督、2016年・アメリカ・128分

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Credit:Amazon.co.jp

何を今更感は否めませんが、久しぶりに鑑賞。やっぱり色彩と音楽がズバ抜けて素晴らしい。

 

公開後すぐにサントラを購入して、いまだに聴いているほど飽きがきません。

(ここ2年ほど、朝の目覚ましは「Another Day of Sun」のままです。)

 

今やすっかり、次回作を心待ちにする監督の一人になったチャゼル監督。

 

新作と噂される「Babylon」も楽しみです。

 

ハイウェイ上の夢追い人

オープニングから一挙に心を鷲掴みにされます。

 

LAに繋がるハイウェイの渋滞。車から次々に飛び出してくる夢追い人たち。

 

彼、彼女らが歌って踊る「Another Day  of Sun」

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Credit:youtube

こんなにたくさんの夢追い人がいながら、成功するのはほんの一握り。もしかしたら、ここにいる全員が失敗し、挫折するのかもしれません。

 

このオープニングのおかげで、ミアが最後に歌う「Audition(The Fools who Dream)」の感動が一層増します。

 

「夢追い人に乾杯を…」

 

 

「春夏秋冬」の円環構造

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Credit:youtube

その渋滞の中に、ジャズバーを開きたい青年セブと女優を夢見るミアの姿が。

 

二人のニアミスから、春夏秋冬の円環する物語が幕を開けます。

 

といっても始まりは冬から。

 

映画撮影所のカフェでバイトするミア。

コーヒーを買いに訪れた女優に羨望のまなざしをおくる。

 

その後、パーティーの帰り道、聞こえてくるピアノの音に惹かれるように店内へ。

ピアノの奏者はセブだった。

 

ここが2人の原点であり、円環構造の始まりに。

 

2人は、春・夏・秋と仲を深め、恋をし、成長するも、恋愛は夢の成就のために犠牲になります。(ここは前作の『セッション』と同じですね。)

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Credit:youtube

結局、夢を叶えた2人は、別れから5年後の冬に、セブが開いた念願のジャズバーで偶然、再会します。

 

そこで現れるあのラストは、2人が同時に夢見た「ifもしも」の光景でしょう。

(ミア視点に寄ってる気もしますが、そう信じたい。)

 

一年は、春夏秋冬を通して円のように戻ってきて、一周するごとに人は立ち位置を変えていきます。

 

ミアも5年前はカフェ店員でしたが、今度は女優となって同じ店を訪れました。

 

季節が一周する間に、どれだけ成長し、どれだけ夢に近づけているか。

(そういう意味では、毎年暮れ近くになるとヘコんでます…)

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Credit:youtube

ただ、過ぎた時間はもう戻ってきません。セブやミアのように成功した人ですら、ifを求めます。

 

それでも2人は「これでいいんだ」と目で別れを告げ、セブは「1.2.3」のカウントで次の曲に入ります。

 

2人は過去に区切りをつけ、もう次の一周に、春夏秋冬に入っていったのです。

 

この終わり方、シビレましたね。

 

とても好きな作品。チャゼル監督の次回作が楽しみです。

 

おまけ

オープニングをパロディした「第74回ゴールデン・グローブ賞オープニング映像」が個人的にとても好きです。

 

スターが一堂に会する光景はいつ見てもワクワクしますね。


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フランス屈指のレジェンド・フィルム『鉄路の白薔薇』

こんにちは、キーノです。

 

今回の作品は『鉄路の白薔薇』

アベル・ガンス監督、1923年・フランス・計270分(第1部:黒の交響楽、第2部:白の交響楽)

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Credit:Amazon.co.jp

これまで鑑賞したフランス映画の中でも、本作はトップレベルに好きな作品です。

 

その存在を知ったときから、片想いを続けていました。

 

レンタル店には一切置いておらず、DVDも売ってない、かろうじてVHSは発見したものの、中古すら売り切れ状態。

 

一旦、DVDの再販を待つことにしたけれど、一年が過ぎ...

 

このままでは発狂すると思い、外国版を輸入。それがちょうど一年前くらい。思えば、本作には2年近くも片想いしていたことに。

 

結果、僕の想いは予想をはるかに超えて満たされました。

 

映像のパワー、スピード、エモーションにおいて桁外れの馬力を持ち、時に重厚で時に流麗。

 

圧倒的な傑作です。

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Credit:ja.wikipedia

あらすじ

機関士の中年男シジフは、妻と生き別れ、幼い一人息子エリーと暮らしていた。

ある日、列車の脱線事故が起こり、母を失った幼女ノーマを見つける。

一人取り残されたノーマを、シジフは引き取って育てることに。

 

※以下、内容に触れています。

 

加速するモンタージュ

本作でガンス監督は、加速モンタージュなるテクを多用します。

 

2つ3つほどのカットの切り替えしを徐々に速めることで、シーンの切迫感と緊張感を極限まで高めます。

 

卓球のラリーが、最初ゆっくりで、どんどん速くなり、最終的にお互いが同時に打ち返しているように見える感覚です。

 

今となっては教科書的なこの話法が、ほぼ100年経った今も、当時の新鮮さと効力を持って胸を打つのは驚きです。

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Credit:youtube

例えば、列車の脱線事故シーン

 

回転する車輪→機関士の顔→線路の轍

 

3つのカットが、加速的に切り替わっていき、最終的にほぼ同タイミングで交錯し、緊張が極限まで高まったその時、大惨事が起こる!

 

なんという迫力でしょう、やっぱり映画って凄いんですね。

 

映像表現の可能性に挑む

「映像で語れることの限界はどこまで押し広げられるか」

 

本作を見ただけで、ガンス監督はこの命題に挑んだ人だと直感しました。

 

シジフが占い師に手相を見てもらうシーンでは、手の平に列車に身を捧げる彼の映像がオーバーラップされます。

 

後の傑作『ナポレオン』では、画面を3つに割って、壮大な行軍を魅せたトリプル・エクランというのも試してました。

 

そのためか、ガンス監督の映像は、大胆不敵と精妙巧緻を行き来します。

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Credit:youtube

雪山のアクションシーンは、現代のそれにまったく引けを取りません。

 

白銀の雪景色をバックに、切り立った崖の黒が浮かぶ。そこに左手ひとつでぶら下がる男と上から棒で手を剥がそうとする男の影。

 

このコントラスト、凄まじいです。 

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Credit:youtube

 対して、物語のラストは、極めて忘我的で美しく、流麗なものです。

 

 

冬の訪れを前に、人々が輪を作ってくるくると踊り回り、山の斜面を登る。輪に加わる成長したノーマ。

 

その様子を小屋の窓辺から遠巻きに見つめる老いたシジフ。彼は人生の終わりにさしかかっていた。

 

側に佇む犬に「私の列車はまだ回っているかい?」と訪ねる。回転する人の輪は、彼にとって列車の車輪であり、その中に愛する娘ノーマもいた。

 

つまり、列車とともに生きたシジフの人生には、常にノーマの存在があったことを示すのです。

 

口から力なく落ちたパイプが白煙をくゆりと舞い上げる。シジフの魂が煙とともに天に昇るように。

 

カメラは一面に広がる雲の上に出て光を浴び、そこにゆっくりと列車の影が二重写しされ、物語は幕を閉じる。

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Credit:youtube

こんな完璧な映画が100年も前に存在していたなんて。

 

文句なしの傑作です。

 

 

早世の伝説ジャン・ヴィゴの遺作『アタラント号』

こんにちは、キーノです。

 

今回の作品は『アタラント号』

ジャン・ヴィゴ監督、1934年・フランス・87分

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Credit:Amazon.co.jp

 

映画史を変えた若者

ジャン・ヴィゴという名前を知ったのは、数年前、「世界の巨匠が選ぶオールタイム・ベスト10」を調べ漁っていたときでした。

 

「巨匠が認める作品だから間違いないだろう」と思い立ち、片っ端から観ていったのです。

 

すると、多くの監督に共通する作品がいくつか発見されました。

 

『市民ケーン』『七人の侍』『ファニーとアレクサンデル』…

 

そして、その中に『アタラント号』も含まれていたのです。

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ジャン・ヴィゴ監督/Credit:ja.wikipedia

聞きなれぬ題名を調べると、監督は「ジャン・ヴィゴ」というらしい...

 

これも知らない。

 

さらに調べると、ジャン・ヴィゴ監督の生没年は、1905年4月26日〜1934年10月5日とありました。

 

なんと、29歳の若さで亡くなっていたのです。

しかも『アタラント号』を世に生み出したその年に。

 

そして、名前の前には「夭折の天才」「映画史を変えた若者」というような形容句が必ずくっついていました。

 

話の面白さ<映像の語り方

早速、『アタラント号』を含む、計10本の仏名画がセットになった「フランス映画パーフェクトコレクション」なるものを入手し、観てみました。

 

すると意外にも、ストーリー自体は月並みなもので面白味に欠けていたのです。

 

あらすじ

アタラント号の船長ジャンは、ジュリエットという娘と結婚し、船旅に出る。

ジュリエットは、次第に船内の窮屈さに耐えられなくなり、こっそりパリの街へ抜け出す。

怒ったジャンは、彼女を置きざりに船を出し...

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Credit:youtube

しかし、本作を観て、とある確信に至りました。

 

その映画の偉大さは、話の面白さではなく、映像の語り方で決まると。

 

実際、脚本はヴィゴ本人の手によるものではなく、製作者のジャック=ルイ・ヌネーズ氏が、あえて平凡な脚本を与えたそう。

 

ヌネーズ氏は「つまらない脚本を前にした方が、彼の才能が発揮される」と確信していたと言います。

 

まさに、予感は的中しました。

 

水の中で目を開けると...

※以下、内容に触れています。

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Credit:Amazon.co.jp

劇中の前半で、ジュリエットがジャンにこんなセリフを言います。

 

「水の中で目を開けると、愛する人の姿が見えるのよ」

 

後半に、妻と別れて、もぬけの殻となったジャンは、船上から河に飛び込みます。

 

水をかき、妻を探すジャン。

 

すると、目の前に花嫁衣装に身を包み、天を舞うようなジュリエットが現れるのです。

 

なんとも美しい名場面。

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さらに夜、はなればなれの2人は、愛する人の肌恋しさに各々のベッドで身悶えします。

 

その時、郷愁感あふるる音楽とともに、水玉模様の影が2人に向かって射し込みます。

 

変な言い方ですが、時空をまたぎ超えて、お互いが直接触れ合っているかのようなのです。

 

これこそ、映画のマジックと呼ぶのでしょう。

 

 

ジャン・ヴィゴ監督は、その短い生涯の中で、

 

二本のドキュメンタリー(『ニースについて』23分、『水泳選手ジャン・タリス』9分)

二本の劇映画(『新学期・操行ゼロ』41分、『アタラント号』87分)

 

を残し、この世を去りました。

 

数少ない彼の作品は、トリュフォー監督やアキ・カウリスマキ監督など、後代の映画人に絶大な影響を与えたそう。

 

ジャン・ヴィゴがもう少し長く生きていたら、今ある映画史は大きく書き換えられていたのかもしれません。

 

純粋に、もっとたくさんの作品を観てみたかったです。

 

 

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ポップに弾ける恋愛&犯罪劇『はなればなれに』

こんにちは、キーノです。

 

今回の作品は『はなればなれに』

ジャン=リュック・ゴダール監督、1964年・フランス・96分

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Credit:Amazon.co.jp

原題は「Bande à part」。

あのタランティーノ監督の映画制作会社「A band apart」の元になった作品ですね。

 

白状すると、ゴダール監督は苦手な作品の方が多いです。

 

映画史上の名作と名高い『勝手にしやがれ』も『気狂いピエロ』も合いませんでした。

 

ただ本作はとても小気味良く、好きな作品です。

 

あらすじ

色男のアルチュールと根暗のフランツは、社会的に落ちぶれた2人組の若者。

純朴な娘オディールを巻き込み、彼女の叔母の家に隠された大金を強盗する計画を立てるのだが。

 

ハジけるような小気味良さ

本作は、幕開けから全力でポップです。

 

弾けるような音楽に合わせて、3人の顔が目まぐるしくシャッフルされるオープニング。

これから始まる3人組の騒動が匂いたちます。

 

ちょうど良いのがありました。

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話の主軸は、大金の強盗ですが、それよりも枝葉のようにくっつく挿話が面白いです。

 

 

とあるカフェに赴く3人組。

 

根暗のフランツは「話すことがないなら、1分間沈黙ゲームをしよう」と2人に持ちかけます。

 

オディールの「アン、ドゥ、トロワ!」の声とともに、映画自体も無音状態に。

 

観ている側もゲームに強制参加させられている気分です。

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Credit:youtube

フランツの「もうダメだ」の声とともに、映画自体も息を吹き返します。

 

空気欲しさに、水面に弾け出たときの感覚に似ていました。

 

 

極めつきは、その後、3人で踊る「マディソン・ダンス」。

 

カフェの真ん中で人目も憚らず、息のあったステップを始めます。

 

映画の中のダンスシーンは、なぜこれほど魅力的なんでしょう。

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Credit:youtube

ルーブル美術館を全力で駆け抜けるシーンも最高です。

 

3人は、とあるアメリカ人がルーブル美術館を9分45秒で鑑賞したという話を知り、記録更新に挑みます。

 

来館者の視線もお構いなく、止める警備員を振り切り、3人は館内を疾走。

結果は9分43秒。

 

なんてポップな映画でしょうか。