マトリックス以前の傑作SF『あやつり糸の世界』
こんにちは、キーノです。
今回の作品は『あやつり糸の世界』。
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー 監督、1973年・西ドイツ、第1部・105分、第2部・107分
本作はマトリックス以前に模造世界をテーマにしたSF映画として傑作の名に値します。
「目の前の世界は果たしてホンモノか?」という穏やかならぬ視点も与えてくれますね。
あらすじ
未来予測研究所で開発されたスーパーコンピューター<シミュラクロン1>。
電子空間に現実そっくりの模造世界をつくり、そこでのシミュレーションを通して政治・経済の流れを知ることが出来る。
謎の死を遂げた開発者の後任として指名された主人公フレッド・シュティラーは、ある日、研究所のパーティー会場で保安課長ギュンター・ラウゼの姿が忽然と消えたことに気付く。
しかし周りに問いただしても、誰もラウゼのことを覚えていない。
そしてシュティラーは転送された模造世界の中でラウゼの姿を見かけたことから、恐るべき真実を知ることになる。
※以下、ストーリー展開が予測できてしまう恐れがあります。未見の方、勘の鋭い方はご注意下さい。
『マトリックス』の母胎
劇中には『マトリックス』に影響を与えたと思われるアイデアが多く散見されます。
シミュラクロン世界に存在する模造人間は約1万体。
自分たちの世界が虚像だと疑うことは微塵もなく、ごく普通に暮らしています。
ところが彼らはただの電子データに過ぎず、現実(上層界)の人間たちからは常時、モニター越しに監視されているのです。
模造世界には<連絡個体>と呼ばれる人物が配備され、上層界と繋がりを持ち、シミュラクロンの監視を行います。
本作の連絡個体には、上層界に侵入することで現実の人間に成上ろうと目論む者も登場します。
サイバーハック的で実に面白いアイデアです。
また模造世界から現実に帰還する方法も秀逸。
電話ボックスの受話器を取ることで上層界に戻るなど、もろにマトリックスへと繋がるアイデアですね。
他にも質問をキーボードで打ち込むと答えを出してくれるAIコンピューターも出てきますし、シュティラーを追い回す生っ白い顔をした刺客はエージェントスミスのようにも見えます。
このように本作は『マトリックス』のマトリックス(母胎)的な存在として位置付けることも出来そうです。
現実は合わせ鏡の中に
しかし本作は、模造世界の様子をただ単に楽観視することを許してはくれません。
というのも、シュティラーがいる現実の世界には観る者を煙に巻くような奇妙な感覚が絶えずついて回ります。
そのキーワードは「鏡」。
研究所にある鏡張りの部屋や女性の持つ手鏡、化粧台の鏡など、現実世界の至るところに「鏡」が見受けられます。
鏡面に映り込む室内は別の場所にもうひとつの世界があることを示唆していますし、こちらに向かって歩いてくる人物が実は鏡に映り込んでいる虚像だったというパターンが非常に多いです。
そのせいで、人物や風景が現実のものなのか、単に鏡に映っているだけなのか段々と見分けがつかなくなってきます。
そうして本作が持つテーマの矛先は物語内のシュティラーだけではなく、まさに外側から映画を観ている観客にも向けられるのです。
現実だと思い込んでいる世界が実は、合わせ鏡の中で無限に連続する多層世界のひとつでしかないのだとしたら。
このように本作はモーフィアスばりに「あなたが見ているのは本当にリアルですか?」と問いかけてくるのです。
劇中でシュティラーが目眩に襲われる長い渡り廊下は、まさに合わせ鏡の中で果てしなく続く虚像の道のように見えます。
この世は誰かが模造した虚構の世界で、またその誰かの世界も模造されたもので…こうした疑念が頭の中で反復し続けます。
AIやVRが発達する今だからこそ観ておきたい一本。
もしかしたら僕たちはすでにあやつり糸の世界にいるのかも知れませんが。