ブラジリアン・ニューウェーブを告げた一作『バラベント』
こんにちは、キーノです。
今回の作品は『バラベント』。
グラウベル・ローシャ監督、1962年・ブラジル・79分
第13回 カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭(チェコ) 最優秀作品賞
グラウベル・ローシャ、この名前をご存知でしょうか。
ブラジル映画史に革命を起こし、シネマ・ノーヴォの幕開けを全世界に告げた伝説の監督です。
1938年に生まれ、わずか43歳という若さでこの世を去るまで、数多の映画賞を獲得し、狂乱狂熱のブラジルを描いた作品群を残しました。
そんなローシャ監督は、長編デビュー作となる『バラベント』でいきなり映画賞を受賞しています。
ローシャ映画は5作品がDVD-BOXとなって発売されており、僕もその5つしか観ていませんが、とにかく死ぬまでに絶対観ておきたい映画であることに間違いはありません。
ブラジルの新しい波<シネマ・ノーヴォ>
1930年代に始まったアメリカ・ハリウッド黄金期はその後数十年にわたって映画界をリードし、ハリウッドタッチを真似た商業作品が世界中で大量に作られていたそう。
そんな中、1950年代末〜60年代にかけて、ハリウッド志向の映画作りに抵抗する運動がブラジルで興りました。
これが<シネマ・ノーヴォ>(ポルトガル語で"新しい映画")です。
当時ブラジルにいた若手の映画人が一堂に会し、低予算で政治的な作品を撮り始めました。
彼らがお手本にしたのは、同時代にフランスで流行していた<ヌーヴェル・ヴァーグ>(フランス語で"新しい波")でした。
「手にはカメラ、頭にはアイデア」をスローガンに、社会状況を映し出した映画作りへと舵を切ったのです。
そしてシネマ・ノーヴォの存在を世界に知らしめた先駆者がグラウベル・ローシャその人だったのです。
ローシャ監督も自分がブラジリアン・ニューウェーブの代表格である自信と自覚があったのでしょう。こんな言葉を後世に残しています。
「私こそがシネマ・ノーヴォだ。」
...カッコいい。
新しい波の幕開け『バラベント』
「バラベント」とは「大地と海が一変し、愛・生活・社会が変貌する激しい瞬間」を意味する言葉です。
舞台はブラジル北東部のバイーア地方にある漁村。
アフリカから連れて来られた奴隷の子孫が暮らす最古の場所であり、貧困に苦しむ地元民は古くからある因習を絶対視しています。
黒人密教や祈祷師のお告げにすがり、漁の網元に貢ぎ物を捧げる人々。
「神の国を待つ者特有の従順さ」で因習に従いますが、貧困の種はそこにこそあったのです。
ある日、白いスーツに身を包んだ黒人青年フィルミノが村に戻ってきます。
太陽に光る海を前に、腰布一枚で漁をする黒人漁師たちとはいかにも対照的。
フィルミノは地元の貧困が因習への盲目的な服従にあることを見抜いており、村人を虚構から解放しようします。
しかし村人は聞く耳を持ちません。
湿気を含んだ風が吹き通る海辺の村は、暑くもあり涼しげでもある。
木組みのボロ小屋で酒を飲み、歌や踊りに高じる人々は、貧困の中で可能な限りの楽しみを見出しているよう。
しかし一方で、老婆たちが薄暗く怪しげな屋内で密教の儀式を執り行っている様子が映し出されます。
禅を組む少年たちの頭上に、ニワトリを生きたまま引きちぎって生き血を垂らす様は不気味で生々しい。
このコントラストに地元民の盲目を垣間見ます。
フィルミノが暴こうとするのはまさにここ、密教儀式の虚像と無意味さです。
「不漁は海の女神の機嫌が悪いせいで、自分たちの貧しさも運が悪いからだ。」
そう信じる村人たちに祈祷師や漁の網元ではなく、若き漁師のリーダーに従うよう働きかけます。
そして嵐が近づく中、大胆な行動に打って出るフィルミノ。ついに起こる天変地異は文句なしに圧巻。
ブラジル映画史に巨大なバラベントを巻き起こした一作をぜひ観てみて下さい。